院長のブログ

向精神薬の処方適正化に取り組みます。

夢を見ないという悩み

最近、複数の患者さんから立て続けに「夢を見なくなってしまいました」という相談を受けました。

ちなみにここでの夢とは睡眠中の夢のことです。

それも皆さんとても残念そうに仰られるのです。

現実の生活では面白いことがないので、せめて面白可笑しい夢でも見たいということのようです。

確かに夢を見るのにお金はいりませんし、自由に夢を見ることができたら最高の娯楽になるでしょうね。

しかし、夢を見るのはレム睡眠の時で、それは眠りが浅いことを意味します。

夢をたくさん見るということは良質な深い睡眠がとれていないことを意味しており、心の健康という点からはよろしくないことなのです。

最近はVR(バーチャルリアリティ)の進歩が凄まじく、現実の境目が限りなくなくなろうとしています。

睡眠中の夢に頼らなくても好きな夢が見られるようになるようになる時代が、間もなくやってくるかもしれません。

 

 

 

私は病気じゃない

 精神科の診療において、患者さんが、自分が病気であると認識する「病識」に関する問題が浮上することがあります。

 通常、気になる症状があったり、検査で異常が見つかったりして、病気であると診断されます。

 そしてその結果を受け入れ、治療契約が結ばれ、治療を受けるのですが、精神科の病気の場合、必ずしもそうは行かないことがあります。

 その言動、表情など、周囲から見て明らかに調子が悪そうなのに、患者さんは自分は病気ではないと否定され、受診を拒まれることがあるのです。

 精神科の診断がどのようなプロセスで行われているかご存知でしょうか?

 話を聞いて、うつっぽいから適当に「うつ病ですね」とか言っているわけではありません。

 患者さんからお聞きした話から、症状を拾い、それを診断基準に照らし合わせて病名を確定しています。

 細かいところは、それぞれの医師の裁量もありますが、ともかく精神科医なら知っている、きちんとした診断基準があるのです。

 しかし、「じゃー病気のメカニズムはどうなの?」と言われると、そこが精神科の弱いところで、客観的なデータとしてお見せすることができません。

 様々な仮説があります。

 同じ様に見えるうつ状態を呈していても、恐らくメカニズムは人それぞれ同じではありません。

 なので仕方なく、たとえば、これとこれとこれの3つ以上の症状があったら○○症と診断しましょう、などとしているのですが、じゃー2つだったらセーフですね、病気じゃないですねと言われたら返事に困ってしまいます。

 たとえ2つであっても患者さんが苦しんでいたらやっぱり病気として治療した方がいいと思います。

 しかもその診断基準は定期的に改訂され、以前は病気として診断されていたものがそうでなくなったり、またその反対もあったりします。

 症状を拾う医師の基準は主観的な感覚ですし、人により幅があります。

 患者さんがその症状をうまく表現できなかったり、あるいは意図的に隠したり、嘘を吐いてしまうようなことがあればお手上げです。

 ある意味それくらい不確実な要素がある中で診療しているのです。

 それじゃあ病名をつけるなんて意味ない、いかさまだ、ということでしょうか?

 私は病名にこだわらなくてよいと思っています。

 病名は必要に応じて利用するもの、道具の一つと割り切る。

 一番大事なことは目の前の患者さんの状態が改善すること。

 そのために病名があった方がよければ使いましょう。

 特に病名が必要なのは、保険診療をしたり、病気に関する統計を取ったり、病気についての研究を進めたりする時です。

 「私は病気じゃない!」

 それでいいと思います。

 ただ苦しい時は素直な気持ちになって相談されてみてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

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それは本当に薬ですか?

 「薬になる」と言いますが、一般的に薬とは辛い症状を改善するなど体にとって良い作用を及ぼすもののことを言いますよね。

 ここにAという錠剤があるとします。

 Aは1日に1錠飲んだだけでは効果が出ません。適量とされる2錠から4錠飲むと60%の人に効果が見られます。しかし、8錠以上飲むと頭痛、吐き気、しびれなどの副作用が出て、12錠以上飲むと呼吸が止まり死んでしまいます。

 これは仮定の話なのですが、副作用の症状や数字を変えれば、実際に処方されている薬にも当てはまります。

 Aは一般的に薬と呼ばれますが、この話からすべての人にとって薬とは言えないことが分ります。

 健康な人が飲んでも何も変わらないので、健康な人にとってAは薬ではありません。

 病気の人が1錠だけ飲んでも何の効果も示さないので1錠だけでは薬になりません。

 病気の人が適量飲んでも、そのうちの40%の人にとっては効果がないため薬にはなりません。

 8錠以上の過量を飲んだ人に至っては、薬としての効果はなく、もはや毒物と言えます。

 つまり、薬とは、様々な条件が揃わなければ薬と呼べないわけです。

 絶対的な薬があるのではなく、相対的に薬となるのです。

 しかも、薬が薬であるための条件は結構厳しいです。

 甲子園出場のために勝ち残るくらい大変で、次々と脱落者が出ます。

 薬を薬として受け取れるのは、薬の種類と量が体質や症状にマッチした少数のエリートと言えるでしょう。

 薬として販売されている物を目の前にして、全員がそれを指差して「それは薬です」と言えるはずがないのです。

 極論を言えば薬に対して幻想を抱いている、そう思い込んでいる、思い込まされているだけかもしれません。

 ひょっとすると、薬として受け取ったはずのものが、ある人にとっては結果単なるラムネのような駄菓子、もしくは体に害を及ぼす毒物になっているかもしれないのです。

 皆さんの受け取られた薬は、きちんと皆さんにとって薬になっていますか?